最近、新一はとある一つの仮説に辿り着いた。 俺って、もしかして、怪盗KIDが好きなのか…? しかし、それは、はい、そうですか、と簡単に認めるには衝撃的すぎることであったし、何より新一自身が、その考えを否定したい気持ちでいっぱいであった。 彼は、男だ。 男であるだけならまだいい。 しかも相手は、初対面でいきなり「探偵は批評家に過ぎない。」とまで言った人間である。 怒りこそ覚えても、よもや恋情などというものが浮かんでこようとは、全く思ってもいなかった。 それでも、新聞を読んでいれば無意識にKIDの記事を探し、署内では無意識にKIDについての情報は無いかと聞き耳を立て、あげく灰原と話していれば「無意識にノロけるのは止めて頂戴。」とまで言われる始末。 いったい、いつ、誰がノロけたんだ、と詰め寄ってみたものの、「貴方、顔が真っ赤よ。」の一言で抵抗は一蹴された。 今までの現状から考えると、どうやら、まあ、そういうことらしい。 わざわざ推理をするまでもなく、明らかなことであった。 そうは言っても、それを素直に認められるかとなると話は別で。 なんとか、その説に異を唱えようと、新一は今日も心の中で一人ディベートを繰り返す。 そうして、そんな日々が三日も続いた頃、新一の元に警察からの電話が舞い込んだ。 KIDの予告状に、知恵を貸してもらいたい、とのことであった。 ちょうど何十回目かの反対弁論を模索していた新一は、しばらくの間、無言で考え込んだ後、「今すぐ向かいます。」と頼もしい返事を返し、電話を切った。 こうして、いつまでも考えこんでいても仕方が無い。 証拠は多ければ多い方がいい。 きっとKIDの胡散臭い笑顔でも拝んでくれば、こんな気の迷いなど簡単に笑い飛ばせるに違いない。 真実はいつも一つなのである。 「おやおや、これはこれは。ご機嫌麗しゅう、名探偵。」 久しぶりに見たKIDは、やはり食えない顔で笑っていた。 バランスの悪い、屋上のフェンスの上であるにも関わらず、KIDの体は少しも揺らぐことはない。 そして、その視線が新一から外れることもなかった。 かと言って、その言葉、仕草、視線の中に、新一に対する警戒の色は見えない。 舐められているのだろうか、と、新一はムっとして眉間に皺を寄せた。 「早く返せよ、ビックジュエル。もう用はないんだろ?」 「私の代わりに名探偵が返してくださるのですか?」 「何言ってんだ、始めからそのつもりのくせに。」 今にも新一に向けて、今日盗み出したビックジュエルを投げようとしているKIDに、苦々しげに答える。 月の光を反射しながら、空中で孤を描いたそれを、新一は造作もなく受け取る。 それをポケットに仕舞うと、用は済んだ、とばかりに新一はさっさと踵を返した。 残念そうに、KIDがその後姿に声をかける。 「もう帰ってしまうんですか?」 「ったりめーだ。これ以上、お前の顔見てたって仕方ねーだろ。」 振り返ることなく、新一は言う。 やはり、KIDが好きだなんて、自分の気の迷いに違いない。 会えば会えばで、お互いに相手を挑発するようなことしか言わない。 これで二人の間に、好意的な感情が存在するなど、考えるだけで馬鹿馬鹿しい。 ほら見ろ、灰原。俺はやっぱり、KIDなんか好きじゃない。 新一は、内心、この場にいない灰原に向かって毒づいた。 明日にでも文句を言ってやろうと思う。 なにせ、こんな根拠のない考えに、三日間も無駄にしてしまったのだから。 ようやく、自分の納得のいく答えに行き着いた新一は、深く安堵しながら、屋上のドアノブに手をかけた。 その時、 「名探偵。」 後ろから声がかかった。 無視を決め込むことにした新一は、構わずに立ち去ろうとしたが、その直後、投げかけられた爆弾に、全身をビクリと硬直させた。 「私は、自分の気持ちに正直な名探偵の方が好きですよ。」 その瞬間、まるで全身の血が顔に集まったように、カっと新一は耳まで赤くさせた。 固まったまま降り返ることもできないでいる新一に、気分を害した様子もなく、それどころか一層楽しそうにKIDは言う。 「次回の予告日にも、来ていただけますか?」 「〜〜〜〜っ、絶っっ対来ねぇ!!!」 「それは残念。」 そして、少しも残念そうな素振りもせずに、KIDはわずかに肩を揺らして笑った。 後ろを向けない新一は、そんなKIDの様子には気づかない。 それどころか、この赤みを帯びた顔をなんとかするので、新一は手一杯だった。 一頻り笑った後、KIDは静かにシルクハットのつばに手を当て、深く被る。 「それでは、また会える機会を楽しみにしていますよ。」 我がいとしの名探偵。 今度こそ、全身を真っ赤にさせた新一が後ろを振り向くと、つい少し前までは確かにいたはずの相手は、もう何処にも見えなかった。 一人になって気の抜けた新一は、思わずその場にずるずると座り込んだ。 夜風に晒されたコンクリートが冷たい。 そうして冷やした手を頬に当て、軽く二、三度叩いた。 それでも、熱くなった体はなかなか冷めない。 今が夜で本当に良かった。 こんなに真っ暗なのだから、きっとKIDも、新一の醜態には気づかなかったに違いない。 そう考えるしか、今の新一に平静を保っていられる術はなかった。 そして 「あーーもーーー!カマかけただけなのに、あんなに真っ赤になっちゃって!新一ってば超可愛いーーっ!!!!」 それより五つ隣のビルの上で、KIDの変装を解いた黒羽が頬を紅潮させて、そう叫んでいることなど全く気づかずに、新一の夜は今日も更けていくのである。 >>> 新一が可愛く、黒羽がベタ惚れであるといい。 |