最近、アバンとハドラーの間では、ちょっとした習慣があった。
ハドラーと出会った時、アバンが必ず彼に飴玉をあげるのである。
強固な肉体を持ちながら、いつまでも精進を怠らないハドラーに、「疲れた時には甘いものが一番ですよ。」と差し出したのが始まりだった。
飴玉を手にしたハドラーは、始めこそ少し戸惑った仕草を見せたものの、特に気分を害した様子もなく、短く礼を述べ、それをポケットに仕舞った。
次に出会った時も、アバンはたまたま飴玉を持っていたので、またハドラーへの差し入れにすることにしたのだが、やはり簡潔な礼の後、ポケットに仕舞った。
しかし、今度は戸惑う様子は見せなかった。
そうして、アバンは思ったのである。
もしかしたら、ハドラーは甘いものが好きなのかもしれない、と。
見た目からすれば、甘いものとは縁遠いように思えたが、飴玉を渡せば躊躇いなく受け取るし、たまに、ほんの少しだけ顔を綻ばせることもあった。
そんな光景が、なんだかとても意外で、アバンはハドラーに会えば必ず、飴玉を渡すようになった。

しかし、そう思っていた矢先、アバンがハドラーの自室を訪れると、思ってもいなかったものがアバンの目に飛び込んできた。
大きな瓶の中で、見慣れた包み紙が、まるで時計の砂のように山を作っていたからである。
生憎、その時、本人は不在だった。
すみません、と心の中で謝りながら、ハドラーの自室に足を踏み入れたアバンは、瓶の蓋にそっと手をかける。
ポンっと可愛らしい音を立てながら瓶の蓋は外れた。
中のものを一つ摘み出すと、やはり、それはアバンがハドラーにあげた飴玉であった。
彼に渡した時と同じ状態で、中身もきちんとその中に包まれていた。一つの例外もなく。
つまり、ハドラーは、アバンの渡した飴玉を、ほんの一つでさえ口にしてはいなかったのである。
いや、これだけの数であれば、アバンが分からないだけで一つや二つ食べていたのかも知れないが、それでも、この量から見て、その大部分は手付かずのままであるに違いない。
アバンは、さっと青褪めた。
もしかすると、ハドラーが甘いもの好きだというのは自分の全くの勘違いだったのかもしれない。
本当は会う度ごとに渡される飴玉に、困っていたのかもしれない。
受け取りはしたものの、食べることもできずに、こうして瓶の中に溜めていくことしかできなかったのかもしれない。
しかし、ここで次に会った時に飴玉を渡すことを止めてしまえば、ハドラーはアバンがこの瓶を見たことに気づくだろう。
そうすれば、逆にハドラーに気を遣わせてしまうかもしれない。
こうして飴玉を食べずにいたことを、申し訳なく思うかもしれない。
今まででさえ、毎回、飴玉を渡すアバンに対して、嫌な顔一つ見せることはなかったのだから。
そう考え、アバンはやはり、明日も飴玉を持ち歩こう、と思った。
いつハドラーに会ってもいいように。
本当は甘いものが嫌いなのか、は、いつか頃合を見計らって尋ねてみようと思う。
それまでは、何も変わらずにいるべきだろう。
取り出した飴玉を、また瓶の中に戻し、蓋をぎゅっと閉めた。
なんと優しい男だろうか、とアバンは、人知れず溜め息をついた。

そして、この部屋の主人であるハドラーは、突然の来訪者をダラダラと冷や汗を掻きながら扉の隙間からそっと見ていた。
少しの間、部屋を空けていただけだったのだが、戻ってみれば思ってもいない人物が部屋の中にいたので、思わずハドラーはドアノブを持ったまま、ビクリ、と固まってしまった。
おまけに、その人物―――アバンは、あの瓶の蓋を開け、中をじっと覗き込んでいるではないか。
しばらくすると、アバンはその中から一つ飴玉を取り出すと、何やら考え込んでいる。
こうなってしまうと、もうハドラーは部屋の中に入るに入れなくなる。
ああして、飴玉をせっせと瓶に溜めていることに、どう言い訳をすればいいと言うのか。
まして、本当の理由を打ち明けるなど、とてもできるはずがなかった。

まさか、あの飴玉が、アバンから貰った初めてのものだったから、なんて。

甘いものは特別に好きでもないが嫌いでもない。
貰った飴玉は、口に入れれば五分も経たずに呆気なく消えてしまうもので、すぐに食べてしまうのは忍ばれた。
そのうち、そのうちと考えている間に、二つ目の飴玉を貰った。
そして、翌日、三つ目の飴玉を貰った。
そうすると、完全に飴玉を食べるタイミングを逃した。
たまたま手頃な瓶があったので、なんとなくその中に溜め続け、気づけば随分な量になっていた。
かつて大魔王を名乗っていた自分を思うといささか情けない気分になったが、その瓶を見る度、アバンの顔を思い出し、ほんの少しだけ、ほんの少しだけだ、浮かれた気分にもなった。
こうして今に至るわけだが、まさか飴玉をくれた張本人にあれが見られることになるなどとは思ってもみなかった。
内心、これからどうするべきか、ハドラーが必死になって考えていると、アバンが瓶の蓋をきゅっと閉めたのが分かった。
そして、こちらに向かって歩いてくる気配がしたので、大慌てで、ハドラーは隣室の空き部屋に逃げ込んだ。
人間の王宮は、無駄に部屋が多い。
今日ほど、それを有り難いと思ったことはなかった。
そのまま、ハドラーには全く気づかずに、部屋から出て行ったアバンに、ほっと胸を撫で下ろす。
けれど、これで次に会った時には、もう飴玉を渡してくれることはないのだろう、と、少しだけ残念な気分になった。


そして、翌日。
廊下で擦れ違ったアバンが、いつもと変わらず飴玉を差し出してくるのに、ハドラーは内心首を傾げながらも、やはりいつもと変わらずにそれを受け取った。

そうして、習慣はそのまま続いていくのである。




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