こてつ。

見慣れた後ろ姿に思わず声をかければ、振り返った彼の顔が今にも泣きそうで、俺は思わず戸惑った。
小鉄も、そんな自分の様子を俺に見られてしまったからか、気まずそうに唇を尖らせながら、それでも、何だよ光っくん、と言葉の続きを促した。
しかし、俺は、今まで俺が知っているどんな小鉄とも違った小鉄に本当に驚いてしまって、うまい言葉が思いつかない。
軽口でも叩いて、冗談で済ませてしまっても良かったのだろうが、(少なくとも小鉄はそうしてほしいに違いない)それでも、俺は、あの意地っ張りで強情な小鉄が涙を流す理由を知らないでいるのは我慢ならなかったし、無理やり小鉄を笑わせたって、俺が好きな小鉄の笑顔を、今だけは、きっと見せてくれないに違いない。それに、俺と別れた後、こっそりと小鉄が一人涙を流すかもしれないなんて、考えただけで堪らなくなった。
だから、俺はいきなり一歩跳ぶように踏み出して、小鉄との距離をゼロにして、思い切り、ぎゅぅと抱きしめた。
ゴールを決めた時、小鉄に抱きついたことはあるけれど、あの時は、こんなに力強く抱きしめたりなんかしなかった。
サッカーに明け暮れる小鉄は、やっぱり女の子と比べると堅くて、無駄な脂肪なんて少しもない。でも、それは小鉄の体が逞しいってことじゃない。小鉄の身体は痩せっぽちだ。いくら食べようが、寝ようが、走り回ろうが、小鉄は太ったりしない。そういう体質なのだ。だから、俺は小鉄を今こうして抱きしめることができる。抱きついた途端、思い切りビクリと体を震わせて、戸惑いがちに俺の名前を呼ぶ小鉄が、どうしようもなく可愛かった。
「泣いちゃってもいいよ。」
やっぱり言葉は冗談みたいになってしまったけど、その瞬間に腕の力をもっと強くすると、小鉄がまた震えた。
泣いちゃえばいい。別に俺の服を汚したって平気。鼻水は、まぁちょっと勘弁だけど、今日だけは我慢してやるから。とにかく、今は思い切り泣いちゃえよ。

そうしないと、俺が堪んない。

そういうと、小鉄は泣き出すどころか、突然、ぶっと吹き出して、抱きしめられたまま勢い良く笑い出した。
「なん…っで、俺じゃなくて、光っくんが参っちゃうんだよ…!!」
そして、また笑い出した。涙も完全に引っ込んでしまったようで、小鉄はいつもの小鉄に戻っていた。しかし、俺の腕から抜け出そうという方向に意識が向かないあたり、まだ気持ちがごちゃごちゃになっているのかもしれない。
そんな俺は、ようやく小鉄がいつもみたいに笑ってくれて、しかも、そんな小鉄を抱きしめたままでいられる今の状況に、さっきまでの不安な気持ちなんて、どっかに吹き飛んでしまった。それどころか、もうしばらく、この状態でいたいなぁ、なんて不謹慎なことを考えている。こんな、いつ知り合いが通るか分からない場所で、いつまでも小鉄を抱きしめていていい筈がないのに。それでも、ようやく落ち着いた小鉄が逃げ出そうと暴れるまで、解放してやる気は更々無かった。学校でおかしな噂が立ったとしても、それはそれで面白い。小鉄にとっては、とんだ災難だろうが。
そして、まだ笑いが治まらず、ひーひー言っている小鉄に、いつまで笑ってんだ、コラ、なんて言いながら、さっきの小鉄の言葉を頭の中で繰り返した。
『なん…っで、俺じゃなくて、光っくんが参っちゃうんだよ…!!』
なんでって、そりゃあ

好きだから。

答えは音になることはなく、胸の奥にひっそりとしまい込まれた。




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言葉にしなきゃ、小鉄は絶対気づかない。それが安心でもあり、不満でもある光宏。
でも、間違いなく、うちのホームページでハドラーに次いで度量が大きいのは光宏です。<中学生だ