「ず、ずっと好きでした!付き合ってください!」

告られた。

「ご、ごめんなさい!」

なぜか謝ってしまった。



俺の馬鹿!!!!!!






根岸は走った。
ひたすら走った。

さっき、自分に告白してくれた子の顔が頭を過ぎる。
生まれて初めて、根岸に好きだと伝えてくれた女の子。
可愛かった。
すんごい可愛かった。
確か、噂してたんだよ、近藤が。
隣のクラスで可愛い子がいるんだって。
それで、顔だけ知ってた。
近藤は名前も言ってたけど、根岸は覚えていなかった。
本当に、近藤が噂するくらい可愛くて。
近くで見ると、肌なんか真っ白で、目なんかパッチリしてて、とにかく、うわあ!って思うくらい可愛かったんだ。

なのに、断っちゃったんだ、俺!

走った。

校舎裏から、グラウンド突っ切って。
その間に、辰巳に会って、
声をかけられたけど、応えもせずに通り過ぎちゃって。
そのまま走ってたら、下校途中の誰かに、思いっきりぶつかっちゃって
「おい!」って怒鳴り声がしたけど、
振り返りもしないで、「ごめん!」だけ言って、そのまま逃げて。
もしかしたら、三上だったのかもしれないけど、
とにかく、相手の顔を見る余裕もなくて。
寮長の渋沢に後で怒られる!なんて頭の隅で考えながらも、
きったないスニーカーを下駄箱に、めちゃくちゃに放りこんでスリッパ履いて。
ぺったん、ぺったん。
言わせながら、廊下を全力疾走!
本当に、スリッパって走りにくいことこの上ないんだ!
そしたら、ようやく扉が見えて。
見慣れた自分の部屋が見えて。
自分と、あいつの部屋が見えて。

飛び込んだ。


「中西!!!!」


いなかった。

いま、根岸が求めて求めて止まないあいつは、タイミング悪く外出中だった。
今日は部活が休みだから、部屋にいるはずなのに。
でも、休みだからこそ、こないだ言ってた、えーっと、そうだ、限定もののスパイクでも見に行ったのかも。
けど、今、ここに中西がいたとしたって、根岸は何を伝えたいのだろう。
分からない。
ただ、会いたくて堪らなくなったのだ。

どうして、自分はあの子を振ったの?
あんなに可愛かったのに!
あんなに可愛くて、本当に、近藤に自慢できるくらいに可愛かったのに!
これが俺の彼女です!って堂々と胸はって言えたのに!

ああ、もう中西に会いたくて堪らない。
どうして、こんなに中西に会いたいのか分かんないけれど、とにかく、あいつの顔が見たい。
別に、何か言ってほしいわけじゃない。
別に、何か伝えたいわけじゃない。
ただ、会いたいだけなのに!
どうしてだろう。
堪らなく、中西という存在が恋しい。

スリッパを脱ぎ捨てて、
根岸は、誰もいない部屋にペタンと座り込んだ。
コートも脱がずに、マフラーだってつけたままで、
ぎゅーっと、胸のあたりを、右手で強く掴む。

ああ、もう、本当に、



「根岸?」



バっと振り返ると、缶コーヒーを持った中西が立っていた。
感情が顔に出ない中西にしては珍しく、少し吃驚した表情をしている。
それでも、たぶん、違いなんて、根岸じゃないと分からない。
違う。違う。
三上は、中西を仏頂面なんていうけれど、
確かに、中西は根岸をいつも苛めるけれど、
違うのだ。
本当は、中西はとっても優しくて、とっても優しく笑うのだ。



ぼろぼろぼろぼろぼろ……



突然、盛大に泣き出した根岸に、今度こそ、本当に中西がぎょっとした顔をした。
瞳からは大粒の涙が次々に零れ落ちてくるのに、根岸は嗚咽一つあげない。
ただ、中西の顔を見て、ぼろぼろぼろぼろ、と泣く。
そして、徐に中西に向けて右手を差し出した。

「ん!」

根岸の意図するところが分からなくて、中西は、スリッパを脱いで、根岸に近寄る。
根岸が、床をバンバンと叩く。
中西は、座る。

腕を掴んだ。

ぎゅっと、中西の腕を掴んだ。


そのまま、どちらも何も言わずに、ただ、ぼんやりと時間が過ぎた。
ぼろぼろと泣く根岸の涙も、だんだんと治まっていった。
ようやく気持ちが落ち着いてきて、根岸は、自分が随分、奇妙なことを中西に強要していることに気づいた。
中西は、無言・無表情で根岸をじっと見ている。
腕を掴まれていることを気にしている様子もない。
根岸は、手を離そうとした。
しかし、掴んでいた五つの指の力をふっと緩めた時、再び、どうしようもない不安が襲ってきて、また、ぎゅっと握り締めてしまった。
このままでは、中西の洋服が皺になってしまう。
でも、離せない。

「………ごめん。」

すると、ちゅーをされた。

確か、バードキッスっていう、鳥が啄ばむみたいな、ちょんって。
根岸は、ガーって足の指先から、耳まで全部真っ赤になったけど、ちょっと俯いただけで耐えた。

「お代。」

中西が言った。
このままでいて良いってことだ、つまり。
そのことに、根岸は、恥ずかしさとか怒りとか、そんなことより、とにかく安心してしまった。
自分の精神安定剤は中西?
全然、そんなこと知らなかった。

「…………なかにしー」


俺、今日、すっごい可愛い子に告白されたんだ。
本当に、可愛かったんだぞ!
近藤だって、前、そう言ってたし!
あの、隣のクラスの子。
中西も知ってるだろ?
それで、その子に告白されてさ。
凄ぇや、俺!って思ったんだけど、断っちゃって。
ごめんなさいって言って、振っちゃったんだよ、その子のこと。
あんなに可愛かったのに。
馬鹿かなぁ?俺。
でも、俺、あの子と付き合ったりする自分なんて、全っ然、想像できなくて。
本当、そしたら、急に見たくなって。
え?何をって?
中西。
中西に会いたくて会いたくて、ぐわーってなっちゃって、そのまま走って走って
急いで帰ってきたんだけど、中西いなくてさ。
うわー、中西いないよー、って思ったら、ふーって力抜けちゃって。
そしたら、中西が帰ってくるんだもん。
で、顔見たら、なんでか、またぐわーって来ちゃって、ぼろぼろーって泣けちゃって。
うわー!どうしたんだろう、俺!

あれ?
でも、ちょっと待って。

あれ?
変だよな?ん?あれ?



俺って、中西のこと、好きだったのかなぁ?










「なんて、言うんですよ、三上さん。」
「てめぇ、わざわざ人の部屋まで惚気言いに来たんなら、それらしい顔して喋りやがれ。」
「相手の裏の裏まで読んでこその指令塔だろ、十番さん。」
「なんで、てめぇの仏頂面の裏を読まなきゃなんねーんだよ、俺が!」
「いや、でも本当に、マジ可愛かったのよ、根岸。どうしよう。」
「どうせ俺の意見なんて聞く気ねーんだから、訊くな。」
「しかも、そのまま泣き疲れて寝ちゃうしさー、これはもう、別の意味で泣かせてやるしか」
「それ以上、人の部屋で無駄口叩くんじゃねーよ、このむっつりスケベが!!」
「それじゃあ、渋沢。紅茶ご馳走様。」
「あ、ああ。また飲みたいときは、いつでも言ってくれ。」
「無視すんじゃねーよ!」
「三上って面白いよな。可愛くないけど。」
「出ていけぇえええー!!!!!!!!!!!!!!!」


パタン、と中西は扉を閉める。
廊下には中西以外に誰もいない。
壁にかかった時計を見る。
そろそろ根岸が起きているかもしれない。
中西は、小さく溜め息をついた。


本当に、これ以上、好きにさせて、どうする気なんだろう。


中西は小さく呟いた。

「………」

そして、少し考えた。


どうにかしろってことか?


呟きは呟きのまま消えた。





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ぼろぼろと根岸を泣かせたかったんです。ええ、それだけの為に書きました。ええ、勿論ですとも。愛です。
ラストのセリフは、セルフサービスで深読んでください。