小岩鉄平は思った。

あ、アい…?

これだけ思った。
そもそも、鉄平は人より優れた知能を決して持っていない。
それどころか、人並みの知能を持っているかも怪しい。
鉄平は、ここまでの人生を、己の俊足のみで生きてきた少年であった。
鉄平の人生を円グラフで表すとしたら、たくさんの食欲とたくさんの睡眠と、たくさんの走りと、たくさんのサッカーという四項目で足りる。
当然、そこに恋愛という要素が入り込む隙間などありはしない。
色恋沙汰に関する鉄平の有する知識は、女子小学生のそれより少ない。
なぜなら、彼女たちは少女漫画を読んでいる。
それに比べて鉄平と言えば、類は本当に友を呼んだらしく、サッカー馬鹿の鉄平の周りには、サッカー馬鹿しかいない。サッカー馬鹿の口からボーリングの話が出てくるわけはない。サッカー馬鹿の口からは、サッカー話しか出てこないのである。このようにして、同年代の友人たちから、新鮮な恋バナを仕入れる貴重な場を、鉄平は持っていなかった。これが、鉄平の恋愛スキルが極度に低いことの一つの理由である。
二つ目の理由として、鉄平がそんな自分に焦りを感じていなかったことが挙げられる。なぜならば、鉄平の最も近い人物、光宏が、鉄平と同様に恋愛経験ゼロの人間だったからである。鉄平は、恋愛の標準レベルを、光宏を見て判断していた。光宏だって、彼女はいないし、告白されたりしているわけではない。だから、自分だって普通なはずだ。そう考えていた。
だが、鉄平は知らない。光宏は、そこそこモテる男だったのである。放課後の校舎裏に呼び出されたことも、「光宏くんって彼女いないの?」と尋ねられたことも、バレンタインに手作りのチョコを貰ったこともあった。ならば、なぜ、鉄平がそのことを知らないのかというと、それは勿論、光宏が言わなかったからである。光宏を見て安心する鉄平を見て、光宏は安心していたからである。これでは、鉄平の恋愛意欲が高まるはずもない。鉄平の恋愛音痴の最もたる原因は光宏であった。
つまり、本人無自覚に、恋愛スキルの驚くべき低さを誇っていた鉄平にとって、理解範囲は「好き」が限界点ぎりぎりであり、「愛」などという高等な言葉は、まったくの範囲外だ。大ホームランだ。場外だ。
だから、鉄平は、おそらくこの室内で一番間の抜けた声を上げるより他なかったのである。

「はうわあ!?」