根岸靖人は思った。

ど、どうしよう……。

とりあえず、根岸は我が身の心配をしてみた。
これでも、根岸は、強豪武蔵森学園サッカー部のレギュラーだ。
当然、休みの日であろうとも練習はある。
というか、練習の真っ最中だったのだ。
なのに、どうして、更衣室にタオルを取りにいったはずの自分がこんなところにいるのか。
このまま、練習に戻らない自分に、桐原監督が気づけば、どんな大目玉を食らうか分かったものではない。
根岸は、恐怖で戦慄した。
それとも、更衣室の扉を開けたつもりが、自分は全く別の扉を開けていたとでもいうのだろうか。
そ、そういえば、なんだか、見覚えがある気がする…。
そう思った根岸は辺りを見回してみる。
特に変わった様子もない、有り触れた部屋だ。
うん、やっぱり、俺、ここに来たことがある…。
根岸は確信にも近い思いを抱いた。
そうだ。
この世界にドラえ○んがいるはずはない。
きっと、自分は更衣室の隣の部屋にいるはずだ。きっと、そうだ!
根岸は自信満々だった。
それは、実に見事な推理だった。
そして、実に見事な勘違いだった。
ここは、まるでモデルルームのような簡素な部屋だったから、誰もが一度は、これと似た部屋を見たことがあるだろう。
それは、根岸にもいえることで、まあ、それが現実だか夢だかは、本人しか分からないが、ともかく、根岸は、これと同じような部屋を訪れた経験があったらしい。
記憶と現実とが入り混じり、根岸は、この部屋に来たことがあると、自信満々に勘違いした。
そもそも、サッカー部の更衣室の右隣には、同じく野球部の更衣室があり、左隣は廊下の突き当たりで、何もなかったのだが、根岸はそんなことちっとも気にしていない。
根岸は無自覚に現実逃避するのに長けていた。
そして、自分の導き出した結論に、満足気に頷く根岸は、現在が部活動の真っ最中であることを、すっかり忘れている。
一度に複数のことを考えられない男、それが根岸である。
しかし、部活動を忘れ、扉の結論も出した根岸は、新たな議題について考える余裕ができた。
そこで、ようやく、天の声による『愛し合ってもらいます。』宣言に辿り着いたのだ。
こんな経過があったものだから、十四人のうち、根岸は反応が一番遅かった。

「………………………………え、えええええ!?」